エドゥワール・マネは、パリの裕福な家庭に生まれました。 18歳のとき家族の同意をえて、サロン系の画家トマ・クーチュールのアトリエで画家としての勉強をはじめます。しかし、しだいに伝統的な画題や技法をおもんじるクーチュールと相いれなくなり、24歳のとき彼のもとを離れます。のち、ルーヴル美術館やイタリア・スペイン旅行で過去の巨匠たちの作品をまなび、名作をモチーフとしながら、自身の近代性を前面に出した作品をつぎつぎとうみだしました。
マネは生涯、サロンみずからの作品発表の場とさだめ、何度落選しても出品しつづけたものの、その革新性はたびたび多くの非難を巻きおこしました。 「草上の昼食」(1863年、オルセー美術館蔵)、「オランピア」(1863年、オルセー美術館蔵)は、とくにはげしい非難をあびた作品です。 過去の巨匠の作品を土台としながら、その中に現実の女性の姿をありのままに描きいれたことが、絵画の伝統の破壊として中傷の的となったのです。
マネは生涯をパリで過ごし、そこで暮らす人々の姿を多く描きました。この「薄布のある帽子をかぶる女」は、パステルで描かれており、三分の一以下は大きくぬりのこされています。
あらいタッチで手早く描かれていますが、当時の女性の表情をいきいきと伝えています。
(出典 大原美術館ホームページ)
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