本作品は1655年頃、カルロ・ドルチ39歳の時の佳品である。暗い背景に浮かぶ淡い光背に包まれ、深みのあるラピスラズリで描かれた、青のマントを身にまとった聖母マリアの美しくも悲痛な表情は、観者の心に深く訴えかけるものがある。カルロ・ドルチの詳細な伝記を最初に残したフィリッポ・バルディヌッチ(1625-1695)によれば、彼は子供の頃から敬虔な信仰の人で、生涯聖ベネディクトゥス信者会に属していたという。彼は1650年頃から大型の宗教画に加え、聖人の姿を寸法の比較的小さい様々な半身像として描くようになるが、中でも本作品は質の点においてきわめて優れた作品である。両手を合わせた聖母の構図はティツィアーノの聖母像にその原型を認めることができるが、むしろティツアーノの作品を原型として16-17世紀にスペインで人気を博した聖母像の形式をふまえたものと考えられる。ドルチのこうした聖母像はたいへんな人気を博し、現在本作品からの模写と考えられる作品が1点、さらに構図の若干異なる聖母像が模写も含め数多く知られている。長いこと本作品の聖母のモデルは1654年に結婚した妻テレーザ・ブケレッリと考えられているが、自筆デッサンの中にあるテレーザの肖像デッサンと比較した場合、その同一性に対する疑問も指摘されている。
(出典 国立西洋美術館ホームページ)
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