リベーラの作品の中でも特に注目すべきものに、1630年代に集中して描かれた一連の古代ギリシャの哲学者の肖像がある。これは、古代の哲学者たちの姿が各人の教説や性格に従っていかに微妙に描き分けられているかを見て楽しむ、当時の人文主義者たちの嗜好に応えたものである。しかしリベーラの場合は、伝統的な図像学の規範から離れ、賢人といえども決して理想化せず、実在する男たちをモデルに、彼らのありのままの姿を力強く克明に描いた点に特徴を持つ。
本作品の右下にある書き込みを信頼するならば、ここに描かれているのはテーバイの哲学者クラテースである。彼は紀元前320年前後に活躍した犬儒派哲学者で、ディオゲネスの弟子、かつストア学派の祖ゼノンの師として知られる。彼は財産を棄て托鉢生活を送り、箴言風のパロディ、悲歌、戯曲などを著した。クラテースは親切で聡明かつ魅力的な人物であると同時に、醜い容貌の持ち主としても知られるが、ここに描かれた人物はリベーラが描いた一連の哲学者の中で特に醜い訳ではない。
本作品は18世紀中葉にリヒテンシュタイン大公のコレクションにあったことが確認され、さらに史料から判断して、 1636年から翌年にかけて大公のために制作された6点の連作中の1点と推定される。今日これらの作品は欧米のコレクションと当国立西洋美術館に分蔵されているが、1992年の秋にニューヨークのメトロポリ夕ン美術館で開催された「フセーペ・デ・リベーラ展」には6点すべてが展示された。そこには様式上微妙な相違が認められ、弟子の介入を窺わせる作品もあったが、その中で当館の《クラテース》は力強い正確なタッチによって注目された。 (出典 国立西洋美術館ホームページ)
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