最初の油絵による麗子像である。1918年の8月下旬に着手され途中中断もあったが、実質20日間ほどかけて10月8日に描きあげられている。いうまでもなく5歳は数え年で、満では4歳である。この絵にかかる前後に劉生はデューラーの色刷りから非常に強い刺激を受けていたことが、彼自身この絵について『色刷会報』第5号で述べていることからわかる。彼は、はじめデューラーの深さにはとてもおよばないという絶望的な気持になった。しかしそうした深さを得るまでは幾度でもやると決心して制作にかかり、ともかくもある進歩の自覚を得るまでに至ったと語っている。ここで得た自信こそが、以後あの数多くの麗子像やお松像を描くスプリングボードとなったのであろう。
(出典 文化遺産オンライン・東京国立近代美術館ホームページ)
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