本作品は、ヴェロネーゼがいまだ故郷のヴェローナで活動していた、初期の頃の制作になるものである。中央に幼児キリストを抱く聖母マリアが描かれ、右側にアレクサンドリアの聖カタリナがひざまづく。背後には、ふたりの女性を仲立ちするような形で、マリアの夫である聖ヨセフがひかえている。左下には、十字架をもった洗礼者ヨハネが幼児の姿で描かれ、その傍らには将来のキリストの受難を象徴する仔羊が横たわっている。 この場面は、聖女がキリストと神秘的な結婚を結んだというエピソードを表している。カタリナ(伊=カテリーナ)は4世紀はじめに殉教したとされる初期キリスト教の聖女。エジプトのアレクサンドリアの王家の出身だったが、キリストの教えに帰依して洗礼を受け、その後キリストと結婚する幻を見た。ローマ皇帝マクセンティウスは美貌の王女カタリナを花嫁に迎えようと試みるが、すでに「キリストの花嫁」である聖女はこれを拒絶する。皇帝は50人の哲学者をカタリナのもとに送り込み、議論によってキリスト教の教えを棄てさせようとするが、彼らはカタリナの学識によって論破され、逆に洗礼を受けてキリスト教徒になる。激怒した皇帝は迫害に転じ、聖女は最後には斬首されて殉教した。神との深い内的な結びつきを象徴する「神秘の結婚」の主題は、遅くとも14世紀に遡る伝説に基づいており、とりわけイタリア・ルネッサンス絵画にしばしば描かれた。この聖女の人気は、高貴な血筋に生まれ深い信仰と高い教養をあわせもつカタリナが、ルネッサンス女性のひとつの理想像だったからといえる。
画面左上には対をなした2つの紋章が描き込まれている。楯形の縁取りの中に、左側に白い塔のような建物、右側に緑の葉を繁らせた樹が収まっている。前者はデッラ・トルレ家(トルレ=「塔」)、後者はピンデモンテ家(ピンデモンテ=「山上の松」)の紋章で、ともにヴェローナの有力貴族であり、この作品は1547年に両家の間に結ばれた結婚を記念して描かれたものだった。 (出典 国立西洋美術館ホームページ)
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